【自己紹介】山口慶悟ってどんな人?

幼少期からの今まで

幼少期は、ただのクソガキ。雨の日のスーパーで走り回って転んで腕を骨折したり、イタズラでトイレにバナナの皮を置いて自分が滑ったりと、いつも人の注目を浴びようと行動していた。気にしてもらえることが嬉しく、それが原動力でもありました。この時から潜在的に自分は何者かでありたいと考えていたのだと思います。

小学生の頃には友達を怪我させる事故を起こしてしまい、この事故の頃から自分は人との付き合い方に自分らしさに制限をかけ始めた。学生時代に八方美人な性格で悩まされたのもここが始まりだった。

中学に入ると、未経験から始めたバスケにのめり込み、県選抜や全国大会出場など、努力が実を結ぶ体験を通して、「夢中になれるものが自分を変える」と確信するようになりました。そして、正攻法で注目を浴びることができたのも嬉しかった。

神奈川県で優勝した時

高校では親元を離れ、静岡の高校へバスケの推薦で進学。今考えればこのとき、すでに強い高校に行くのではなく、これから強うなりそうな高校に進学を決めていました。負けない戦いより、勝ちに行く戦いの方が自分らしいと感じていました。のちにベンチャー企業に行きたいと思った原点でもあります。厳しい寮生活とスパルタ指導の中でも、全国レベルで戦い続ける中で「こなし力」と「環境適応力」を身につけました。とはいえ、どこか自分らしさを抑え、ピュアな部分を封印していた感覚もあります。

大学ではさらなる高みを目指しましたが、前十字靭帯の怪我を繰り返し、プロの道は断念。長く続けてきたバスケを失い、アイデンティーティーも失い自分が何者なのかわからなくなる時期がありました。バイクで夜まで遊び、自分の居場所を探し続けて、危ないことをすることで生きている実感を得ていました。自分の存在価値を見失いかけた中、声をかけてくれた仲間の存在が再起のきっかけになりました。

選手の道を諦めサポートの立場に

そこから、自分がプレイヤーとしてやりたかったことを仲間、後輩にしてもらうためにコーチやSNS運用を始めました。この時は「選手、チームの価値を上げる」ことを目標として行っていました。プロチームから後輩にSNS経由で声がかかった時は嬉しかった。そうしているうちにアイデンティティーをなくし居場所を見失った自分にも「人に必要とされること」が自分を最も強くしてくれることに気づきました。そしてこの頃から、デザインや映像、マーケティングといった新しい領域への挑戦も始まりました。

社会人として企業でマーケターを経験した後、2025年7月に独立。今は「挑戦を、カタチにする」ことを軸に、クリエイティブとマーケティングの両面から活動しています。そして、僕の人生を正しい方向に導いてくれたバスケ、チームスポーツの魅力である、一つのものにみんなで熱狂しその空間にワクワクするものを作りたいと考えています。

新年会での登壇

自分らしさと価値観

  • 本質は体験からしか見えない:知識や理屈ではなく、自分でやってみて初めて納得できる。
  • 夢中で動けることが自分らしさ:夢中で動いているとき、自分が一番「自分らしい」と感じる。
  • 本音でつながれる仲間こそ財産:表面上の付き合いではなく、感情を共有し合える関係を大事にしている。

略歴

  • 2001年:神奈川県横浜市に生まれる
  • 2014年:バスケ選手としてのキャリアスタート
  • 2015年:横浜・神奈川選抜に選ばれる
  • 2016年:神奈川県優勝、全国大会に出場
  • 2017年:静岡県の高校へ進学、トップエンデバーに選ばれる
  • 2019年:3年連続東海大会に出場
  • 2020年:東京の大学に進学、元プロコーチのもとでプロを目指す
  • 2022年:全治2年の怪我により、バスケ選手としての引退を決意
  • 2023年:同大学でコーチをしながら、SNS運用、デザイン、映像制作を始める
  • 2024年:横浜のITベンチャー企業にマーケターとして就職
  • 2025年:同企業でIS、新規事業創出に携わりながら兼業で活動
  • 2025年7月:24歳で独立。
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